【小説紹介と雑談】『お前が神を殺したいなら、とあなたは言った』とエンタメぱぅわー
「ナオキ、君に神を殺してほしいんだ」
現代日本で新興宗教の教祖として生計を立てていた神城ナオキは死んだ。そして彼はその罪ゆえに、無限の地獄へと送られることになった。
だがなんの手違いか、はたまた陰謀か、彼は神々が実際に存在する異世界「エルマル」に送り込まれる。神とその神官たちが支配するこの世界において、神の加護も特殊な能力も持たぬまま、ただ「神を殺せ」という使命だけをその身に帯びて。
※異世界に転移した現代日本人が、「本当の神」を信じその恩恵を世界にもたらす教団を駆逐し、自分の教団で世界を支配していく物語です。
※主人公はいわゆるチート的なものを一切使えません(展開がダルくなるので言語は初手から通じる方向性で)。
※各話タイトルの後ろの(+n日)は、1つ前の話からの時間経過を示します。
※登場人物はだいたいみんな死にます。人によっては鬱展開と感じるかもしれません(作者的には想定より全然そっち側に行かなかったなというのが所感です)
※教会内部の派閥名を見て「あっコレってアレじゃんね」と思った同胞が万が一にもいたらお声がけください
おすすめ度☆☆☆☆
(おすすめ度 指標
☆5つ 万人におすすめ出来る完成度が非常に高い小説
☆4つ 小説好きには勿論、殆どの層におすすめできる完成度の高い小説
☆3つ 少し癖があるものの小説好きにおすすめ
の目安で付けています)
この小説は神学を中心としたファンタジーです。内容としてはファンタジーな部分は少なく、神学を中心に研ぎ澄まされた登場人物たちによる人の限界に挑むようなやり取りが繰り広げられます。
神学という余り馴染みがないだろう分野を題材にしたこの小説は、深い知識に裏付けされた恐るべき完成度を誇っています。
昔私が記事に書いたことなのですが「例えば賢者という役職はライトノベルなどにおいてただ知識がありすごい力を使える人という符号でしかない」というのがあります。
その記事内にも書いた通り、賢者を賢者たらしめる経験と知識を作者が想像するにはそれだけの思索・経験が必要であり、それはとても難しいことでだからこそそれが書かれている小説は最高! という話しです。
この小説はその高コストを全て支払いきり、その上で私のようなあまり勉強をしていない人間にもわかりやすく小説という形に落とし込み、なおかつ面白いというすさまじいことをしているのです。
私はあまり神学について知らないので文章で示されたものに「うんうんそうだよね」と頷いたほんの十数行後に示された新しい解に「そっちのが正しいかも!」と飛びついたりと糸の切れた凧のように考えをふらふらさせることになりました。弱い。
終わり方も最初から筋道を決めておかなければ辿り着かないような非常に美しい終わりであり、構成の面においてもすごい。90万文字を超える長編をこう落とし込める筆力。
作中のセリフや行動にはほとんどに確かな説得力があり、それが息もつかせぬ怒涛の勢いで最初から最後までを覆っていて、作者さんのパワーをこれでもかと浴びせかけられた私はばたりと倒れたのでした。
これだけの小説が普通に転がっているなろうというのは恐ろしいところですね。なんと無料で読めちまいます。怖い。皆さんぜひ読みましょう。
https://ncode.syosetu.com/n7775do/
・エンタメ力の話し
とまあここまで絶賛しているのですが、お気づきの方もいるかもしれません。私のおすすめ度としては☆4つにしています。
私個人としてはすごく面白く、これを書いた作者さんに畏敬の念を捧げているところなのですが、それが万人に受けるわけではないというのがその理由です。
この小説はかなりのハイカロリーで少なくとも流行りのライトノベルのようなお菓子ばかり食べている人にとっては中々に”重い”のは間違いないはずです。少なくとも思索や勉強を好んで食べるくらいの人間でなければサクサク読むことは無理でしょう。
この小説の面白さの本質はキャラクターの魅力や設定の奇抜さではなく(もちろんそこも面白いですよ!)神学と言う学術に対する人々の闘いなのではと思います。
日本語ではこれらは一纏めに面白いで括られますが、この面白さは比重で言えばinterestingの方、無理やり和訳すれば”興味深い”という類いの面白さに傾いてるのではと言うことです。
この”面白さ”というのは知を愛していない方々には伝わり辛いもので、エンタメ小説が好きな――とりわけライトノベルが主戦場の――人々にはそこまで響きません。そして彼らこそエンタメ小説という分野において大衆派であって、その点から見ると万人におすすめできるとは言い難いなーというのが私の考えです。
彼らが求めるのはエンタメぱぅわーが高くて面白い小説であってinterestingの方ではないですからね。まあこの小説、エンタメぱぅわーもかなり高いのでそういう読み方でも読めちゃうのがヤバいんですが。
それと一つだけ、ちょっと不満な点があります。まあこれはうるさいオタクの戯言なので小説の面白さには全く関係ありません。
それまでひたすら学術への人々の(営み)を見せられ、それも歴史と言う大きな流れの中ではほんの少しなのは本当に美しいと思うんですけど、最後の一話だけがエンタメに積極的に屈した感じで違和感があります。
そうしないと主人公の動機付けや本編中薄っすら出てきたシステムとしての神に回答できないのはそうなんですけども。現実の神学をめちゃくちゃうまく補完して早送りで描いてる人間の闘いに部外者が出てくるのが嫌と言うか……。個人的なわがままでしかないのはそうなんですが。
それはさておき、久しぶりに勉強しようかなと思うようなそんな小説でした。作者さんに敬礼!