【小説紹介と雑談】『鬼人幻燈抄』とフィクションにおける未来の先取り
『人よ、何故刀を振るう』
江戸時代、まだ怪異が現代より身近で鬼が跋扈していた頃のこと。
江戸より百三十里ほど離れた山間の集落“葛野”にはいつきひめと呼ばれる巫女がいた。
護衛役である甚太はいつきひめの為に刀を振るうが、何一つ守れず全てを失う。
巫女を、惚れた女を殺したのは大切な妹。
彼女は百七十年後、全てを滅ぼす鬼神となって再び現世に姿を現すという。
憎しみから鬼となった甚太は、何を斬るべきか定まらぬまま、遥か遠い未来を目指す。
鬼に成れど人の心は捨て切れず。
江戸、明治、大正、昭和、平成。
途方もない時間を旅する、人と鬼の間で揺れる鬼人の物語。
おすすめ度☆☆☆☆(☆)
(おすすめ度 指標
☆5つ 万人におすすめ出来る完成度が非常に高い小説
☆4つ 小説好きには勿論、殆どの層におすすめできる完成度の高い小説
☆3つ 少し癖があるものの小説好きにおすすめ
の目安で付けています)
この小説は和風のローファンタジーで、鬼や妖怪などの伝奇物ですね。主人公は鬼になった妹に大切な人であった女性を殺され、その憎しみから鬼になり、妹への復讐をするために長い年月を生きていく。その途中での関わった人たちから影響を受けて主人公も周りの人間も変わっていく……みたいな内容ですね。まああらすじまんまなんですが。
特徴としては江戸から平成にかけて主人公が過ごしていくわけなんですけど、非常に丁寧なつくり方をされています。その時代の特色がきちんと文章から伝わってきますし、下調べがきっちりしているなーということを感じさせます。キャラクターの造形というのも非常に丁寧で、揺れゆく人間心理をしっかりととらえ、それを描いているのがすごいですね。
この小説では早い段階から平成の主人公周りの描写、つまり未来の先取りが話として出てきます。この手法というのは基本的に最初の方で出てきて風呂敷を広げるため、世界観に時系列によって奥行きを持たせるために使われることが多いです。「この○○がのちの世に多大な影響を与えることはこの時誰も知らなかった」みたいな表現ですね。結構見る表現ではないでしょうか。
しかしこの小説ではそれをエピソードとして1話、時にはそれ以上の長さで行うことが結構あります。この手法は時系列の奥行きを持たせられる反面、それが遠い未来のことだとそこへ行きつくまでの過程が結構制限されるものです。少なくとも見知った主人公や登場人物が出てきたら、少なくとも死んだりはしないんだなとなりますしこれからの展開が読めてしまいます。
こんな功績を残してるんだ! というエピソードだったら、一番気持ちいい栄光を浴びる部分をもうこなしてしまっているので、そこに至るまでのしんどい過程を読者が面白く感じるように描かねばなりません。それも大変ですし、もしその描写を飛ばしてしまったら浴びている賞賛が薄っぺらくなってしまいますからね。総じてそのエピソード時点では世界観が広がるものの制約が多く、展開が読みやすくなる(融通が利きづらい)ので辛いというのが個人的な感想でした。こういう展開(未来の話しを長くする)をした小説できっちり終えた小説をほぼ見たことがありませんでしたし。
しかしながらこの小説は魅力の部分を他のキャラクターとの交流、揺れ動く人間心理や活劇といったところに移し、その制約をきっちりクリアして見せ、時系列の差で起きる面白さを引き出しています。すごい!
ストーリーラインとしてはまっすぐでそこまで奇を衒ったものではないですが、未来の描写もありつつも長編をきっちりと最後まで収束していて作者の方の力量が伺えるようです。
もう完結しているのもあり、非常に上手くまとまっていて、なろうにはあまりない和風の伝奇物ということでそういう話しが好きな方は是非読んでみてはいかがでしょうか。